中級ミャンマー語学習

日本語にあってミャンマー語にはない表現を集めてみた!

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日本語にあってミャンマー語にはない表現集

英語であれ、中国語であれ、ミャンマー語であれその言語にしかない独特の表現方があるものですが、ミャンマー語と日本語にも片方にはあるけど片方には無いという表現がいくつかあります。

今日は日本語にはあるけれどミャンマー語には見当たらないという表現を集めてみました。




 

 日本人はミャンマー人と同じくらい(のように)ご飯が好きだ。

noyouni

「~と同じくらい」と言う言葉は無く「~のように」と表します。

 

この学校はNGOによって建てられた。

ngo
ミャンマー語には受身の表現法はなくこの場合も「この学校はNPOが建てた」という表現と変わりません。
 

お金持ちだからと言って幸せとは限らない

kagiranaiミャンマー語に「~とは限らない」にピタリとする言葉はなくこの場合も「お金持ちの全てが幸せなわけではない」という表現になる
 

私の(目標)は戦争によってこわされた。

sensou

ミャンマー語で「夢」といったら睡眠中見る夢のことで、上の文章に「夢」ということばを使うとつうじません、この場合「目標」という言葉を使うのが適切。

※ミャンマー語ではこの文章のようにネガティブな(被害をこうむった場合の)受身の表現法はありますが、ポジティブな受身の表現方法はありません。
 

3年ぶりに(3年の間ではじめて)息子に会った。

musuko
ミャンマー語に「~ぶり」と言う言葉は無く「~経ってはじめて~した」と言う表現方法になります。
 

この本は価値がある

neuti

タンボーは高価、希少価値があるという意味であり、「読むだけの価値がある」という意味ではありません。「読むだけの価値がある」とか、「やってみるだけの価値がある」と言う言葉はミャンマー語にはありません。
 

どちらかと言うと 麺よりご飯がより好きです。

meyori「どちらかと言うと」という表現はなく「より」という言葉をいれます。
また文の前に「両方とも好きですが」という文を加えることによりどちらかというとに近い表現になります。
 

明日はパパイヤを10個以上仕入れ(買い)ます。

papaiyaミャンマー語に「仕入れる」という言葉はなく、普通に「買う」と言う言葉を使います。
 

そでのを縫う

sodeアナーは「ふち」とか「端」という意味ですが、使われるのは生地やそでの端っこのみです、庭の端とかテーブルの端などに相当する便利な言葉はミャンマー語には無いようです。
 

たとえ(もし)それがおもちゃだったとしてもピストルを人に向けてはいけません。

pistolたとえと言う日本語にぴったりする言葉はないようなので、もしをつかいます。

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